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ちくりんの里での看取りとその背景にある考え方
紅葉
来年でちくりんの里が開設して10年目となります。
 開設時より、入居者の看取りを経験させて頂きました。最初は、十分な心備えがないままでしたので、不安のなかでの看取りをせざるをえませんでした。
 入居される方及びご家族は終の棲家として落ち着いた暮しをおくりたいと望んでおられます。
 高度な医療の対応は、出来ませんが、私達も、ご家族と共に出来る限りの支援をさせて頂きたいと思っています。
 高齢者にとって住み慣れた家が一番いいことは、言うまでもありません。しかしそれは、そこで支える家族があっての話かもしれません。グローバル化社会となり、人は、自由に、学び、行動し、自己実現が出来る時代になりました。その裏腹に、家族制度が崩壊し、核家族化、老々介護が浮き彫りになってまいりました。
 在宅での半分以上が、孤独死であることは大変残念なことです。
 老人福祉法の特養の基準三十三条では、在宅と入居後が、連続したものと明記してあります。
「ここを家にしたい」
特別養護老人ホームが家であれば、家族がいて、馴染の職員がいて、そこに社会があって、孤独ではない空間で暮しをすることが出来ると思います。
2015年からは、特養に入る基準が、重度化となり、また、高齢者負担も多くなることが確実視されてきました。
 そういった背景の中で高齢者施設での看取りが更に求められています。
 ユニットケアはそれにこたえる準備があります。
 では、どのような看取りが出来るのでしょう?
○加齢による老衰は、その方に合ったリズムを職員が見つけだし、美しく老いていただく為に、ユニットや各部署が連携しながら支援をしていくことにあります。
○回復の見込みが難しい方(例えば末期癌等)の苦痛を緩和し、精神的に支え、生を全う出来るように支援する介護や医療が今求められている。
○ICF(国際生活機能分類)の理念に沿って考える。
 ここでICFの視点という耳慣れないそして重要な考え方について書かせて頂きます。 
 2001年5月22日に第54回国際保健会議(WHO総会)で
国際障害分類(ICIDH、1980)の改定版が採択されました。
正式名称は「生活機能・障害・健康の国際分類」ですが、英語の頭文字の最初の3字をとって
ICFの略称で呼ぶことになりました。
厚生労働省による公定日本語訳でも略称は「国際生活機能分類」と呼ぶことになっています。
「生活機能」とは耳慣れない言葉ですが、
「障害というマイナスだけでなく 障害者がもつプラスの面にこそ着目しよう」という新しい考え方に立ったものであり、新世紀にふさわしい画期的な考え方の転換ということが言えます。
その考え方の中心はQOL(生活の質)を数値に例えると
「健康」を100とし「死」を0とする
ICIDHの相対的(物事を比べて考える事)な概念ではなく
 生きている瞬間全てを100とする実存的(在るものそのものを受け入れること)な思考となります。
例えば、寝たきりの方は、「死」と命がけで戦っている状態としてその存在を100とする考え方なのです。
ICF視点をを具体的に表現してみます。

例① ケアプラン
 ICIDHでは、ある入居者様が、右の麻痺をお持ちだとします。その麻痺側に対してよくなるようなケアプランを立てていました。これをネガティブプランとします。
 ICFでは左の機能を積極的に支援するつまり、残存機能を生かす為のポジティブなケアプランを立てて、入居者様を支援することを求めています。
例② 看取りについての考え方
 健康から死を
全て100とした
ICFの視点を踏まえ
「看取りとは、呼吸することを保証するのではなく、生きることを支援する」こととしてとらえることなのです。
言葉の説明
ICF
  International 国際
 Classification 分類
of Functioning 機能
ICIDH
  International 国際
 Classification 分類
Impairment 機能障害
Disability 能力障害
Handicap 社会的不利
変更した部分は
IDH(全て障害を示す)が
F(機能は、健康と障害を含めた視点とする)
に変わったのです。
ICFでは、マイナス要因をハンディキャップとして捉えるのではなく、別のプラスの能力を持つ視点とする。
 看取りについても、ターミナル(終着点)という概念は存在せず、生の一部とした視点なのです。
 今回は、非常に難しいことをテーマにして書いていますが、これは、ちくりんの里だけではなく国際保健会議での世界共通の考え方の背景であることを憶え、ここに、書きました。
 先日、私は吹田の竹見台中学校の一年生の前ででこの話させていただきました。正直なところ、伝えたい内容が、しっかり伝わるかが心配でした。
「今までいろんな方の前で語る機会を与えられてきたけど中学生一年生には、少し難しかったかもしれない。」初めての体験でした。
 その翌日、学校の先生が中学生の四十五人分の感想文を持ってこられました。一枚一枚の感想を読んで、この難しいことの内容をきっちり受け止めてくれている事にとても感動をいたしました。ここに紹介致します。

 「今回は、老人ホームの事についてたくさん教えて頂きありがとうございました。少し難しかったけどいろんなことを学びました。まず、今は家で生まれて家で亡くなることが少なくなったという話をされましたよね。僕も病院で生まれました。でも最近家で亡くなるご老人は孤独死が多いと聞いて驚きました。だから僕も孤独死が出来るだけ、なくなったらいいと思いました。施設長さんは、老人ホームは家だと言っていました。僕も前、ある施設に行った時、部屋にいろいろな家具が置いてあったので驚きました。他にも障害を持っている人は、別の能力を持った人だと言っておられましたが、確かにそうだと思います。僕の祖父と祖母は耳が聞こえない障害を持っているけど、楽しく生きているからです。今回のお話はすごくためになったのでこれからも仕事を頑張ってください。」
    一年Aさん

「お話を聞いて一番心に残ったことは、人間はずっと一〇〇%で生きているというお話です。僕はそれまで、人間は衰えて行って最後は〇パーセントだと思っていました。けれどこの話を聞いて人間は、ずっと一〇〇パーセントなんだ。それってすてきだな。と思えました。だから、これからは「どんな人も一〇〇%生きている」という視点で人を見てそして助けてあげたいなと思います。老人ホームへ行ったら、精一杯生きている人々の手助けを積極的にしたいなと思いました。  一年Bさん
 
 ここに紹介できませんでしたが、すべて端から端まで読ませて頂いて、若いこの子たちの純粋な感受性に驚きました。
私たちはこの視点で、人生の大先輩と関われる事を心から感謝いたします。どうか続けて皆様のご支援を宜しくお願い致します。 施設長 片村 元


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未分類 | 16:50:38
この時代に生きる私たちの矛盾
IMG_3586.jpg
「この時代に生きる私たちの矛盾」

ビルは空高くなったが 人の気は短く 
高速道路は広くなったが 視野は狭い
お金を使ってはいるが 得る物は少なく
沢山物を買っているが 楽しみは少ない
家は大きくなったが 家庭は小さくなり
便利になったが 時間は前よりもない
沢山の資格を持っても センスはなく
知識は増えたが 決断することは少ない
専門家は大勢いるが 未解決問題は増えている
薬も増えたが 健康状態は悪くなっている
飲み過ぎ吸い過ぎ浪費しても 喜びはなく
夜更かしをしすぎて 起きたときは疲れすぎている
読むことは稀で テレビは長く見る 
持ち物は増えているが 自分の価値は下がり
喋りすぎるが 愛することは稀である 
生計のたて方は学んだが 人生を学んではいない 
長生きになったが 長らく今を生きていない 
業務が増えたが 良い仕事に至らない 
空気を浄化し 魂を汚し 
原子核を分裂させるが 偏見は取り去ることができない 
急ぐことは学んだが 待つことは覚えず
多くの情報を手に入れたが コミュニケーションはどんどん減っている
ファーストフードで 消化は遅く 
体は大きいが 人格は小さい
利益に没頭し 人間関係は軽薄になっている 
世界平和を願うが 家族の争いは絶えない
レジャーは増えても 楽しみは少なく 
沢山の食べ物に恵まれても 食べ過ぎて体を害する 
夫婦で稼いで家計は潤い 家庭は壊れている

忘れないでほしい 
愛するものと過ごす時間は永遠ではない

忘れないでほしい 
すぐそばにいる人を抱きしめることを

忘れないでほしい 
あなたのパートナーや愛する者に心を込めて「愛している」と言うことを
あなたの心からのキスと抱擁は傷をいやしてくれる

忘れないでほしい 
もう逢えないかもしれない人の手を握りその時間をいつくしむことを 
 
愛し  

話し

あなたの心の中にあるかけがえのない思いを分かち合おう

人生はどれだけ呼吸をし続けるかで決まるのではない

どれだけ心のふるえる瞬間があるかだ

fese book(NEVERまとめ)より、ボブ・ムーアヘッド牧師の. 説教を引用



未分類 | 16:07:03
暮らしという言葉
同じような言葉を比較するときに、私達は、新たな真理を発見をすることがある。
老人福祉法第17条に書かれている特養基準では 昭和38年に制定さた第2章、第2条のものと
平成12年に制定された第3章第33条ものがある。時代背景がかなり違うので表現のみならず意味が異なる。そこに書かれている入所と入居、自立と自律は、時々紹介させて頂いていますが今回は、法令から少し離れた言葉を比較してみたいと思います。

「生活」と「暮らし」の違いについて

・「生活」とは「生きる」「活きる」と書きます。そこには「元気になるとか」「いきいきしている」躍動的なイメージさえあります。
・「暮らし」とは「暮れる」という字を書きます。それは「晩」であり
音楽でいえば曲の最後のディミニエングという記号がありますが穏やかな「終息」のイメージがあるのではないでしょうか。
 病院は、暮らしの場ではありません。元気になって自宅に帰るという目的があります。ですから『入院生活』といいます。 ちくりんの里は「暮らしの場」を目指しています。穏やかに自立した生活が困難な方であっても自律(自分で決める)した暮しが出来るよう支援することを行動目標に掲げています。暮しの場となる為にも更なる家族様のご理解とご協力を必要としています。
              施設長 片村 元


未分類 | 15:39:33
理念は、なぜ必要か
DSC00231.jpg
 開設1年目、ある職員に「この施設の基本理念は?」と問いかけた。するとその職員は、「倉庫にあるリネンですか」と真顔で答えた。笑い話のようですが基本理念が全く浸透していなかった実態です。
 ユニットケアとは、暮らしの支援なので、理念を理解するかしないかで職員の動きが変わってきます。
 その為には、固定の人員配置を整え、研修のシステムを組む必要がある。理念について考える土壌を整備し、浸透すればその方向性に向かって今の課題に対して理念に基づいた視点(入居者目線)で、考え、工夫する。
 しかし、職員に理念を語って十分、伝わったと思っても意外と心に留まっていないことが、多々ある。大切なことは、あらゆる機会を利用して、理念や、行動の根拠を繰り返し、伝達する事が求められる。それは、暮しの場を訪れた際、ユニット職員と相談しながら動くことで今のニーズを知り、そこで新たな発見にうまれ、そこで、理念の大切さに気付く事がある。また入居説明会や、就職説明会で理念を語る時、職員が同席することは違った観点からの理解方かもしれない。
 私たちの施設では、毎月、第一水曜日にリーダー以外のすべての職員を対象にした全体研修を開催している。研修後、すべての職員が議事録を書き、提出をすることにしていた。今年度から、研修のフィードバックとして
①研修を受けて気付いたこと
②研修内容を自分及びユニットでどう取り組むか③研修の内容の質問
④職員からの連絡事項
⑤研修アンケートとして、この研修内容は理解しやすかったですかとの問いかけをし、アンケートにそう思わないと感じた理由を記入していく事で理念のみならず、ユニットでの課題を発見し、新しい展望に繋げようとするものです。
 また、事業計画には、施設の事業運営理念、行動目標をまず記載し、次に年間目標「自律した暮しを支援する」を掲げています。
 本年度からすべての研修計画は、この理念に基づいたキーワードを盛り込み、担当の講師や、委員会は理念を意識しながら、レクチャーします。また、各ユニットでも事業計画を毎年、それぞれのユニットで立てていますが、このキーワードとリンクすることによって同じ方向性を保ちながらも個性的なユニット運営を目指します。情報面では24時間シートとケアプランの整備を掲げ、入居者の意向・好みを時間軸で把握することを前提とし、日常生活を支援していきたいと思います。
 私達の目標を的として考える時、この的を直視して期限を決め改善計画を立てることが大切だと思います。
 前進とは、道のないところを切り開いて前に進むことを言います。
その為に、理念と、前に進む勇気が必要だと思います。皆様のお力を続けてお貸しください。  
   施設長 片村 元


未分類 | 11:42:46
理念を浸透させるために
「ラッパがはっきりしない音を出したら、誰が戦闘の準備をするでしょう。」これは人前で緊張してしまうこの者にインパクトのある聖書の言葉です。しかし、施設長が理念を語ることは、「質の向上」の為のはじめの一歩であることと考えます。ボトムアップは、トップダウンがあってこそ正しく機能します。ユニットケアに携わる職員は、ある意味で高い人間性を求められるので、理念によって方向性や、行動目標をはっきり示すことによって、安心して働くことが出来ます。例えば、自施設では盛り付け配膳について、入居者に意向好みを尊重することに、消極的な職員がいました。施設新聞や、職員手帳等で明文化します。全体研修で伝達し、施設長自身がユニットに足を運び、その実態を確認し、課題を見つけて、改革するように、旗振りをする必要があります。その方向性は、法令の基本方針に掲げられている「自律」つまり、「入居者の意向好みにそった支援」です。人は変化を求めません。他人のあるいた道を通るほうが楽と思うからです。前進とは道のないところを切り開いて前に進むことです。振り向けば「暮らしの場」が出来ていました。r 1112(2)

未分類 | 11:50:45
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