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22   風化させたくないこと
風化させたくない三つの事

長い人生の旅路のなかで風化させたくない事がいくつかあると思います。
まず第一に意志
「尊厳をもった人生を送りたい。」御元気な時にご自分の意志を持って生涯を送ろうと思っていても体力の衰えと共にご自分の意志を示すことが困難な状態になったり、高度な医療的処置が必要になった場合、本人の意思などと言っておれない時も多々あるように思います。多くの場合、家族様が本人の意思を十分に理解され、全うされる場合が理想的だと思います。最近のターミナルケアを経験してみてご本人が、凜としておられる姿が目に入ります。私たちは、ご本人の意志をしっかりお聞きし、記録しておく必要があると思います。
第二に希望
私たちは、自由に時間や旅費さえあれば、思うところに行き、やりたい事が出来ますが、自立した生活が困難な方は、誰かの力を借りなければ、行きたい所にも行くことができません。ご家族だけでは、困難なことであっても、前もって計画すれば、ご本人にとっても叶うはずが無いと諦めている希望も実現する事が可能になるかも知れません。徐々に身体機能が衰えていくことを考えると、今のチャンスは、再び来ないかも知れません。
 第三に存在
先日、ちくりんの里で最期を迎えられた入居者の部屋に菅原道真の短歌がご本人の毛筆で飾ってありました。
「東風(こち)吹かば 匂ひをこせよ 梅の花 主なしとて 春な忘れそ」
意味を聞くとこれは、亡くなった時も覚えていてということですと仰っていました。
この方は、謡(うたい)がお好きで、和服姿で、歌ってくださいました。昔は、そえもん町を渡り歩いたと仰っていました。私たちの周りでは風化してはならないことがたくさんあると思います。


未分類 | 16:25:42
21   親愛なる子供たちへ
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ちくりんホールで遊ぶ近所の子供たち

今回は、家族様から教えて頂いた詩をご紹介いたします。ポルトガルの作者不詳の手紙をもとに樋口了一さんが出版されている本からの抜粋です。

手紙〜親愛なる子供たちへ 
                     作者不詳(ポルトガル) 訳 角智織
年老いた私が ある日 今までの私と違っていたとしても
どうかそのままの私のことを理解してほしい
私が服の上に食べ物をこぼしても 靴のひもを結び忘れても
あなたに色んなことを教えたように見守って欲しい
あなたと話す時 同じ話を何度も何度も繰り返しても
その結末をどうかさえぎらずにうなずいて欲しい
あなたにせがまれて繰返し読んだ絵本のあたたかな結末は
いつも同じでも私の心を平和にしてくれた

悲しい事ではないんだ 消え去ってゆくようにゆくように見える私の心へと
励ましのまなざしを向けて欲しい
楽しいひと時に 私が思わず下着を濡らしてしまったり
お風呂に入るのをいやがるときには思い出してほしい
あなたを追い回し 何度も着替えさせたり 様々な理由をつけて
いやがるあなたとお風呂に入った 懐かしい日のことを

悲しい事ではないんだ 旅立ちの前の準備をしている私に
祝福の祈りを捧げて欲しい
いずれの歯も弱り 飲み込むことさえ出来なくなるかも知れない
足も衰えて立ち上がる事すら出来なくなったら
あなたが か弱い足で立ち上がろうと私に助けを求めたように
よろめく私に どうか私の手を 握らせて欲しい

私の姿を見て悲しんだり 自分が無力だと思わないで欲しい
あなたを抱きしめる力がないのを知るのはつらい事だけど
私を理解して支えてくれる心だけを持っていて欲しい
きっとそれだけでそれだけで 私には勇気がわいてくるのです
あなたの人生の始まりに私がしっかりと付き添ったように
私の人生の終わりに少しだけ付き添ってほしい
あなたが生まれてくれたことで私が受けた多くの喜びと
あなたに対する変わらぬ愛を持って笑顔で答えたい
私の子供たちへ
愛する子供たちへ


未分類 | 11:31:09
20   一句
菫ほどな小さき人に生まれたし
                      漱石

未分類 | 20:54:23
19   今を大切に
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ちくりんの里には、「今を大切に」という理念があります。
開設5年目に今一度、この理念を皆さんと少しだけ考えてみたいと思います。
 過去の思い出を大切にし、昔を懐かしむことは高齢者のみならず私たちも至極、当然のことだと思います。自分の若かった時、健康だった時、楽しかった時、父として、母として、働き人として、誰かを支えてきた誇りと自信による思い出が、鮮明に脳裏に刻まれるからです。大脳生理学では、ヒトの脳は、楽しいこと好きなことは記憶されやすく逆に嫌なこと、辛いことは、忘れやすくなっているそうです。
 私も、101歳まで生きてくれた養母がいました。幼い時から、よくプロレスごっこをしては、はがいじめにされ、どうもがいても勝てません。幼い私にとってはスーパーマンのようなとても強い存在でした。また、いつも本を読み生き字引のようでどんな言葉や、漢字でも知っていて、心から尊敬をしていました。そんな養母もやがて加齢とともに衰え、認知症になり、言葉を失い、目を開けなくなり、寝たきりになっていく姿に私は、止め処もない思いが込み上げてくることもありました。同じ思いでいらっしゃるご家族もおられると思います。しかし老いは、確実に何人にも平等に訪れ、逆行することは、ありません。
 星野富広さんの詩の中で「強い者の集まりよりも、弱い者の集まりのほうが真実がある。」と書いています。この詩人は、頚椎を座礁して完全に動けなくなってから、多くの絵や詩を書いて今を大切に生きておられる方です。 残された能力を使うことによって、自分だけではなく、周りの者が励まされたり、力を頂くことがあります。これはとても素敵な事だと思います。
 「今を大切に」とは、次の三つを意味します。
1・昔と比べない。
2・今(ありのまま)を受け入れる。
3・残された能力に感謝して期待する。
体の衰えや、病気、認知症を周りの者が理解し、今をそのまま受け入れることによって、初めて、ご本人が、残された能力に気付き、その方にとっての普通の生活が、営める気がします。家族にとっては、強い両親像から慈しみに、職員にとっては、これがプロとしての指針となり「今を大切に」とは、周囲の理解と協力と期待によって初めて成り立つことだと考えます。 


未分類 | 08:32:38
18   ユニットケア導入の動機
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ユニットケア導入の動機は?と問われた

 2003年、春日に特別養護老人ホームが建設される計画が上がった。それは、従来型の
ものではなく全室個室の新型特養と呼ばれる老人ホームで、プライベートが守られる考え方
のものであった。(それまで個室といえば、認知がひどいとか、精神的な問題があるとか、
疥癬があるなどの集団生活が困難な方を隔離するなどマイナスの事情で作られることがあっ
た。)ここでいう個室は、在宅の延長、親の家としての存在であって、まったく異なったもの
である。
整備計画の段階でユニットケアの施設をとのことで施設整備計画が立てられましたが、そ
のための土台となる知識に乏しい私は、ユニットケアの施設を見学しようとしましたが、既
存のユニット型の施設は閉鎖的なところが多く、見学もできぬまま、時間がたっていきまし
た。本屋で見つけた、京大の外山義さんが設計したユニットケアの施設の本だけが手掛かり
でした。その本に紹介された千葉の「風の村」という特養に行きました。目に留まったのは、
今まで見てきた大理石で飾った玄関ロビーのような施設ではなく外から見れば、豪華でない
施設でした。正直言って、鹿児島から来た甲斐がないと思いました。中に入って施設らしくな
い普通の空気が流れていたことをよく覚えています。また、入居者が簡単に外に出ることが
できるので当時の施設長(A氏)にリスクについて聞いたところ簡単に「ここに住んでおられる
方は、高齢者です。暮らしの場です。閉じ込めなくてもいいじゃないですか・・・」今まで設
計屋さんに聞いた言葉と違った、とても新鮮な考え方に感動をもって「あんな施設を作りたい」
でも3年も前から多くのスタッフが、計画して作り上げた施設と何も分からない者が、今から
1年もない間に立てられる事の現実と、その意識の差に恐怖感さえ覚えました。
その後も福祉関係者のいない準備室を立ち上げ、十分な基礎知識もなくユニットケアの管理者
研修に臨みました。そこで私の中にあった新型特養という自負が簡単に崩れてしまいました。
初めて、個別ケアの重要性を知り、ハード、ソフト、システムへの考え方の温度差に愕然とし、
気がつくと他の研修者には、申し訳ないほど講師の方に質問をしていました。それほど自分の
考えていたことが、外れていると思ったからです。大阪に帰って、この温度差を、十分に説明
ができず、周りの者がついてこれなかったのも事実です。その後、ちくりんの里が終の棲家と
して、自分の親が選ぶ施設を目指して、ロングランでみんなの力の結集としてユニットケアを
導入していきました。システムや、ソフトの面においては、2005年4月オープン時から、
リーダー研修をしていましたが、A氏の「出来ても出来なくてもとにかくシステムを作ってみな
さい」とのアドバイスで翌年の6月から、職員が、理念に基づく機会づくりをと思い毎月全体研
修を開催することにし、そのほか、情報の共有のために各部署連絡会義を週1に、クラブ活動、
委員会をたちあげてきました。ソフト向上は、家族会も一役を担ってくれています。ハードの
面では、大きなフロアーに玄関もなく、まるでボーリングのレーンの上を歩いているかのような
施設でしたが、インテリアクラブの名のもとに、各フロアーから数名選出し「家にしよう」と考
え方を持ち帰り各ユニット毎の設えに変化をつけることにより、入居者の変化が表れ始めました。
又スタッフもユニットケアに対する考え方を少しづつ持つようになって来ました。まだまだ足り
ないところばかりですが、とにかく大きなムーブメントで臨むことを目指しています。



未分類 | 16:14:51
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